京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻
動物栄養科学分野
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                                                      研究テーマ


微量栄養素の利用性を科学する
 

 生物が生命を維持する上で外部からより摂取しなければならない物質が栄養素である。その定義からすると、酸素や水も栄養素ということになるが、通常、これらは栄養素とは言わない。

 

 栄養素には量の多寡によって2つに分類される。多量に必要とされる栄養素には、糖質(炭水化物)、タンパク質ならびに脂質があり、これらは三大栄養素と呼ばれている。一方、量的には、三大栄養素には及ばないものの、やはり毎日外部より摂取しなければならない栄養素として、ビタミンとミネラルがある。このビタミンとミネラルは微量栄養素と称され、三大栄養素と併せて五大栄養素と呼ばれている。自動車でいうところの車の部品やガソリンに相当するのが三大栄養素なのに対して、微量栄養素は、ガソリンが持つエネルギーを効率良く、かつ適切に運動エネルギーに変換するのに必要なエンジンオイルであったり、ブレーキオイルの役割を担う。

 

 本研究分野では、ビタミンとミネラルの機能、生体利用性ならびに生体恒常性維持機構の解明を目的としている。最近行った研究として、以下のようなものがある。

 

 1)   ミネラルウォーター中のミネラルの利用性  


 
現在、ミネラルの補給を目的とした飲料が開発されているが、このような飲料中ミネラルの利用性に関してはほとんど研究が行われていない。そこで、ラットを用いて、飲料水中ミネラル利用性の評価を行っている。このような研究では、ミネラルウォーター由来のミネラルと食餌中ミネラルの吸収を区別して測定する必要がある。この点を明確にするため、天然ではごく微量にしか存在していない安定同位体をトレーサーとして添加したミネラルウォーターを動物に与えて、その排泄量や体内への蓄積を最近開発されたICP−質量分析器を用い測定することによって、ミネラルウォーター由来のミネラルの吸収を高い精度で評価している。

2)   ミネラル利用性向上

 

食餌中のミネラルの多くは吸収されず、糞中に排泄される。食餌中のミネラルの吸収は共存する物質の影響を受けるとともに、動物の生理状態にも影響される。消化管からは溶解しているミネラルのみが吸収される。したがって、消化管内におけるミネラルの化学形態はその利用性に大きな影響を及ぼすと考えられる。消化管内のミネラルの形態に影響を及ぼす因子の影響をラットや子豚を用いて検討している。また、ミネラルは消化管上皮細胞粘膜を通過し吸収されるが、その際には粘膜で発現している各ミネラルのトランスポーターが不可欠である。トランスポーターの発現調節を行っている食餌性因子を見いだしており、それら因子発現が吸収に及ぼす影響を検討している。

 
3)   マグネシウムの機能

 

マグネシウムは必須ミネラルであり、欠乏すると炎症、高脂血症、心疾患、神経異常、メタボリックシンドローム、肝臓障害を引き起こす。これらの発症メカニズムは不明な点が多い。これら病態は、マグネシウム欠乏自体、またはマグネシウムが他のミネラルの代謝調節異常を引き起こすことに起因している可能性もある。
 マグネシウム欠乏と関連する疾患の発生機作の分子生物学的な解析を行っている。また、マグネシウム代謝に及ぼす他の食餌中成分の関連も検討している。

 


4)   金属元素間の相互作用の網羅的解明

 

金属元素(ミネラル)代謝間には相互関係があり、あるミネラルの過不足は、別のミネラル代謝にも影響する。従来、ミネラル間の相互作用に関して、表現型の変化を通して、影響を受けるミネラルの推定・特定がなされてきた。本分野では、ICP-MSを用いて多元素同時半定量解析法(メタロミック解析)を開発した。この手法を用いて、血液ならびに臓器中ミネラル量の変化を網羅的に明らかにし、ミネラル代謝調節を根本から理解しようとしている。

亜鉛は300種類以上の酵素活性に必要な必須ミネラルであり、亜鉛欠乏により、全身で様々な代謝異常が引き起こされる。一方、亜鉛を過剰に摂取した場合の代謝変化については不明な点が多い。本分野では、亜鉛含量の異なる飼料をラットに給与し、血液ならびに臓器中ミネラル含量をメタロミック解析により解析した。
 その結果、亜鉛の過剰摂取によりすい臓では多くのミネラルが蓄積するのに対して、大腿骨や脳では減少するミネラルが多く存在することが明らかになった。このように、メタロミック解析は、ミネラル間の相互作用のみならず、臓器間のミネラル動態も可能にする。


  
5)   展示動物のビタミン栄養

 ヒトや実験動物、家畜と比較し、展示動物における栄養に関する情報は不足しており、栄養素の要求量ならびに栄養素の過不足による問題は不明な点が多い。また、展示動物における栄養素代謝は、ヒトや実験動物、家畜と大きく異なっていることが想定される。ゾウ(京都市動物園との共同研究)ならびにペンギン(京都水族館との共同研究)の健康維持・疾病予防のため、ビタミン栄養に関する研究を開始している

  
 



6)   ウシのビタミンC栄養

ヒトを含むわずかな種ではビタミンCを体内で合成できない。一方、ほとんどの家畜では体内で充分量のビタミンCがグルコースを原料として肝臓で合成されるのでビタミンC補給は不要であるとされてきた。反芻動物の遺伝的能力は育種改良により飛躍的に向上した。この向上した能力を十分に発揮させるにはエネルギーや蛋白質などの多量栄養素をたくさん摂取させることが必要となる。このような状況は反芻動物では従来はあり得なかった微量栄養素の要求性を生じることが考えられる。そこで、牛における水溶性ビタミン栄養状態を把握し、その補給の効果を検討する必要がある。牛肉生産のために高エネルギー飼料を与え人為的に太らせる肥育牛における研究では、通常の反芻家畜における血漿中ビタミンC濃度は4 mg/L程度であるが、肥育後期には2 mg/L以下に減少することを明らかにした。これらの結果から、反芻家畜の血漿中ビタミンC濃度は人と比較しきわめて低いこと、高エネルギー摂取はビタミンC代謝に影響を与え血漿中ビタミンCを著しく低下することが示され、肥育牛にはビタミンCを補給する方がよいことが示唆された。次いで、泌乳初期にグルコースの不足が生じていると考えられるケトーシス牛における血漿中ビタミンC濃度を検討し、ケトーシス発症時でも充分量のビタミンCが合成できることが明らかとなった。一方、泌乳牛では暑熱ストレスによりビタミンC消費が高まり、血漿中ビタミンC濃度が低下することを明らかにした。ビタミンCを経口投与しても、その大部分は反芻胃内で分解されてしまう。そこで、肥育牛へのビタミンC補給を行うため、油脂コーティングしたバイパスビタミンC製剤の有効性を検討している。

 

7)   ウマのビタミンK栄養

 
 
子馬や育成馬では骨疾患が大きな問題となる。ビタミンKは正常な骨代謝に必要なビタミンだが、ウマにおけるビタミンK栄養は検討されておらず、補給試験も行われていなかった。そこで、世界に先駆けウマ血漿と乳中ビタミンK同族体濃度測定法を開発した。今までの成果としては、1)哺乳子馬のビタミンK栄養状態を調査し、出生直後(2月)から牧草が豊富になる前(5月)まで、子馬の血漿中ビタミンK濃度は減少し続けることを明らかにした。2)ウマのサプリメントとして最適なビタミンK同族体を見いだした。3)母馬へのビタミンK補給によって、馬乳中ならびに馬乳を摂取している子馬の血漿中ビタミンK濃度が著しく高まることを明らかにした。


 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻動物栄養科学分野
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