京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻
動物栄養科学分野
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                                                                                                             研究テーマ


体成長の制御を科学する



 詰まるところ、摂取した栄養素は代謝され、利用される。栄養素の利用のされ方は、動物の生理ステージによって異なり、泌乳期のウシでは泌乳に優先的に利用されるのに対して、成長期の動物では各組織の形成に優先的に利用される。ところで、動物個体の大きさは、骨や筋肉の大きさによって決定されており、個体の大きさに連関して各臓器の大きさは決定されている。しかしながら、動物個体の大きさを決定する機構やその制御については大部分不明である。したがって、『個体の大きさを決定する機構を明らかにする』ことは古くて新しい研究テーマである.

 

TGF-βファミリーは、哺乳動物において、生命維持に関わる全般―胚発生、器官形成、細胞増殖制御、ホルモン産生ならびに分泌、免疫機能制御―に関与する多機能性を有した分泌性タンパク質である。TGF-βファミリーが有する生物活性の一つに、軟骨・骨、筋肉ならびに脂肪といった間葉系細胞の分化・増殖の制御がある。実際、TGF-β/activin(TGF-βファミリーの一員)の情報伝達分子であるSmad3の遺伝子をノックアウトしたマウスの体格は小さく、これは骨や筋肉の成長が抑制されていることに起因していた。また、線虫においてTGF-β遺伝子やsmad遺伝子を破壊した個体も同様に小さな体格を有することが報告されており、TGF-βファミリーによる体格調節の可能性が示唆されている。しかしながら、軟骨・骨、筋ならびに脂肪細胞の分化・成熟過程におけるTGF-βファミリーの制御に関して依然として不明な点は多い。そこで、近視眼的にはTGF-βファミリーによる間葉系細胞の分化・増殖制御を分子レベルで詳細に解析し、個体の大きさを決定する機構の解明を試みる。

 

 

最近行った、または行っている研究として、以下のようなものがある。 

 

 

内因性BMP活性の脂肪前駆細胞分化過程における役割   

 

TGF-βファミリーの一員であるBMPには、間葉系幹細胞を脂肪細胞系列細胞に分化させる機能があることが知られてきたものの、既に脂肪細胞に運命付けられた細胞の分化過程で果たす役割については、議論が分かれている。従来の研究は、BMPを外因的に添加した際の脂肪細胞分化を調べたものであり、本来、脂肪前駆細胞が有しているBMP活性については注目されてこなかった。

 

3T3-L1脂肪細胞分化モデルでは、G0期に同調した脂肪前駆細胞を、ホルモンカクテルを含んだ分化誘導培地で2日間、刺激する(day 0-2)と、day 8において顕著に脂肪滴が蓄積し、成熟脂肪細胞に分化する。このモデル細胞を用いて脂肪前駆細胞の分化過程におけるBMP活性ならびにその意義について検討した。BMPは受容体に結合した後、Smad1/5/8をリン酸化・活性化し情報を下流に伝達する。したがって、BMP活性をリン酸化Smad1/5/8のレベルによって評価した。その結果、BMP活性は、分化誘導期間において高い活性を示し、分化過程の進行とともに減少する傾向を示した。分化誘導前においてBMP活性が高いことの意義を探るため、BMP受容体のインヒビターでBMP活性を抑制したところ、day 8における脂肪蓄積量は減少し、脂肪前駆細胞が脂肪細胞に分化する上で分化誘導前BMP活性が必要であると考えられた。



 

内因性TGF-βファミリー活性が筋芽細胞分化過程で果たす役割   

 

血清濃度を下げた培地で筋芽細胞を培養すると、筋芽細胞同士が融合することにより筋管細胞が形成され、さらに筋芽細胞が筋管細胞に融合することにより、筋管細胞の成熟が起こる。この過程におけるTGF-βファミリー―TGF-βとBMP―の活性をそれぞれリン酸化Smad2ならびにリン酸化Smad1/5/8の発現量により調べたところ、BMP活性は、分化刺激以前において高い活性を示すのに対して、TGF-β活性は、分化刺激後しばらくしてから活性が高くなることが明らかになった。

 

分化刺激前のBMP活性、ならびに分化刺激後のTGF-β活性の意義を探るため、BMP、TGF-βの受容体に対するインヒビターで処理して筋管細胞の形成を免疫蛍光染色法ならびにWestern blot法にて調べたところ、BMP活性の抑制により、筋管細胞の形成は抑制されるのに対して、TGF-β活性の抑制は逆に促進することが明らかになった。これらの結果は、分化前の筋芽細胞におけるBMP活性は筋管細胞形成にとって必要条件であること、分化後のTGF-β活性は筋管細胞形成の抑制因子として機能していることを示している。

 





褐色脂肪細胞の活性を調節することにより肥満を制御する   

 

脂肪細胞には白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞とがある。白色脂肪細胞とは異なり、褐色脂肪細胞はUcp1の発現を通してエネルギーを熱として放出する。従来、褐色脂肪細胞は冬眠動物、小型げっ歯類、ならびに、新生児にのみ存在する細胞と考えられてきた。しかしながら、最近、成人でも機能的な褐色脂肪組織を有していることが明確となったことから、熱としてエネルギーを消費することによる肥満治療(予防)の観点から褐色脂肪細胞は注目を集めている。また、げっ歯類では白色脂肪組織中に褐色脂肪細胞が混在し、このことと肥満との関連も指摘されている。ヒトやペットにとっての肥満は健康を維持する上で大敵となる存在である一方、ウシの肥育効率の低下は、牛肉生産上良くないことである。

 

白色脂肪細胞の分化・成熟過程については古くから研究されているため、比較的多くの知見が蓄積されている一方、褐色脂肪細胞の起源、運命付け、分化、成熟、機能調節に関する知見は、十分とは言えない。我々は、「褐色脂肪細胞の活性を調節することにより、抗肥満、もしくは効率的な肥育が可能になるのではないか?」との仮説の下、褐色脂肪細胞活性の調節機構の解明、および、その原理を基づいた食餌性調節因子の単離を試みている。









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